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かよこの活動日誌(12月4日から1月4日)

1月4日(金) 大田区の新年のつどいに参加。松原新区長の年頭のあいさつを聞きました。

1月3日(木) 3区予定候補の沢田さんとともに、地域の方々に新年のあいさつまわりをおこないました。

1月2日(水) 江戸川区に住む、次男宅を訪問。孫二人と久しぶりに「家族」を意識したひとときでした。

2008年 元旦

私のブログ愛読者のみなさん。新年おめでとうございます。今年もよろしくおねがいします。さて、今年も例年のごとくまず除夜の鐘を聞きながら本門寺参道へ。そこには地元の大竹辰治区議と地域後援会のみなさんが新年宣伝をやっていました。私も少々それに参加をしました。初詣のみなさんは、すでにほろ酔い気分。みんなニコニコしながら「おめでとう」を交わす言葉も浮き浮き。「よ!共産党頑張れよ」といつもにも増して、よく声援が飛んできました。こちらも元気がでます。Honmonji その後、矢口の新田神社へ。こちらには田中後援会長と和田区議が、すでにたって挨拶をしていました。こちらは本門寺とちがって、みな静かに厳かに整然と長い列をなし順番をまっています。場所によって雰囲気がぜんぜん違うのもおもしろいですね。1時過ぎまでお付き合いをして帰宅。ゆず湯にはいってまずは今年の仕事はじめを終了。午前9時過ぎ「多摩川健康マラソン」の激励に、ガス橋下での開会式に参加。すばらしい日本晴れのもと、富士山もくっきりとみえて、すばらしいマラソン日和となりました。昼ごろ本門寺参道にて恒例の「反核宣伝」に参加。多くの初詣のみなさんは、「家族の健康と平和」を祈念されたのではないでしょうか。その祈念に「核兵器をなくす署名」をと訴えると、みな快く署名をしてくれます。午後1時半、これも恒例の日本共産党元旦宣伝。蒲田駅東口にて、佐藤ふみのりさん、区議団、かち都議勢ぞろいで新年の挨拶をおこないました。080101 昨年暮れの党勢は、東京全地区、全国全比例ブロックで前進をしたとか。これは新しい年への弾みになりました。今年も力いっぱいがんばります。

12月31日(月) 2007年が暮れようとしています。ほんとうに激動の1年でした。参議院選挙での自公の敗北から、安倍首相の突然の政権放棄。福田内閣の誕生3ヶ月もたたないうちに支持率暴落。民主党との「大連立」構想の浮上。消費税増税問題の浮上。危険要素は、予断を許さない状況です。一方、インド洋からの「自衛隊の撤退」や薬害肝炎の救済対策など、国民の運動と世論で政治を動かした実感のもてる年でもありました。参議院での与野党逆転から、国民の声が政治に届きやすくなったともいえます。国会は「解散総選挙」含みの年明けとなります。来年は衆議院選挙での勝利で、おおもとからの改革をすすめる年にしたいものです。みなさま、どうぞ良い年をお迎えください。

12月24日・25日 不覚にも、何年ぶりかのかぜをひきました。

12月23日(日) 日本共産党街頭演説、蒲田駅西口にて。小池晃参議院議員・佐藤文則4区予定候補・沢田英次3区予定候補が訴え、私は司会を勤めました。寒風吹き晒すなか、たくさんの方々が足をとめ耳を傾け、時々「そうだー」、「共産党がんばれ」と掛け声をかけてくれたり、大変共感と激励をうけました。夕方、「大田文化の会」の望年会に参加しました。ジャズの生バンド演奏ありで大変もりあがりました。そのあと、こだま会の望年会へはしご。ここもカラオケで盛り上がっていました。今年もあと1週間となりました。

12月22日(土) 消費税をなくす会の総会に参加。畑田先生の講演を久しぶりに聞きました。ますます意気軒昂で刺激をうけました。

12月20日~21日 ちょっと、骨休みで静岡県興津温泉まで。日本平と三保の松原から、存分に美しい富士の姿を眺めてきました。Mihomatu

12月19日(水) 本会議閉会。政党予算要望提出。夜、洗足区民センターにて「都政報告会」を行いました。後期高齢者医療や池上線の五反田駅のバリアフリー化の進捗状況などについて、活発な意見交換ができました。

12月18日(火) 荏原病院の医療について、「住民の会」のみなさんといっしょに、病院経営本部・保健医療公社事務局長との交渉をおこないました。荏原病院では看護師不足のため8月から1病棟休診。医師不足のため10月から産科休診状態となっています。公社に移管した都の責任で、1日も早い再開を求めました。回答は、いずれも努力はしているが見通しは立っていないというものでした。Ebarasanfujin

12月17日(月) 東京民医連介護部会のみなさんといっしょに、福祉保健局と交渉をおこないました。介護事業所や介護労働組合、ケアマネなどの方々から、現場で起きている問題について改善を求める要求がだされました。なかでも、居宅介護において「同居家族のいる場合、特別な条件が無い場合は生活介護はできない」という問題について、「自治体によって解釈がさまざまで混乱している。都として、統一基準をだしてほしい」という極めてあたりまえのことに対し、都は「それは保険者である自治体の判断による」としか答えないのです。おかしいですよね。自治体によっては「同居とは、同じ敷地内にすむこと」とか「500メートルも離れていても同居とみなす」とか、解釈はどんどん拡大しているのが実態です。事業者は警戒をして「それでも必要だというなら、自費で。」ということになるのです。一番負担を強いられるのは利用者であり、その負担をはらえなければ、必要な介護もうけられないという、こんなとんでもない事態が現場ではおきている。介護保険制度の崩壊です。国による詐欺行為ではありませんか。怒り心頭です。Miniren

12月15日(土) 田中義人さんの「喜寿と出版を祝う会」がアプリコで行われました。私が、一応呼びかけ人の代表として挨拶をいたしました。200数十名もの、さまざまな田中さんとのかかわりある方々の参加で、盛大で楽しい会となりました。田中さんの自主出版の本は、「いつでも夢を」という田中さんの半生を克明に描いた自分史でしたが、とてもおもしろく、共感と学ぶべきものが多々ありました。私はまだ10年来のおつきあいですが、田中さんの魅力に惹かれました。夕方からは、上池・雪谷・事務所などの望年会をかけ歩き。

1214日(金) 厚生委員会。私は「障害者扶養共済制度」全国制度に、都として加入する件について質問しました。昨年3月でこれまでの都の扶養年金制度が廃止された経過の中で、改めて国制度に加入するというものです。都制度を廃止するという時期に、国制度の見直しもされているところでした。私は「せめてそれをみきわめてから、検討すべきだ」と主張したのですが、廃止は強行されました。結果、国制度における保険料は大幅アップとなりました。1・8倍から27倍にまであがるものであり、しかも給付は都制度なら3万円(月)だったのに国制度では2万円です。条件は非常に厳しいものです。親無きあとの障害者の生活の保障にと、保護者のみなさんが求めて作る制度を否定するものではありませんが、はたして将来、この制度が末永く持続できるのかどうか不透明です。

1212日(水) 一般質問。日本共産党は植木こうじ議員がたちました。都営住宅をはじめ、都の住宅政策について質しました。午後、福祉保健局長に「自立支援法見直しについて」、定率負担の廃止を含め国に働きかけるよう申しいれをおこないました。

1211日(火) 本会議、代表質問。日本共産党は曽根はじめ議員がたちました。ここで取り上げた東京都の認証保育園、具体的には「じゃんぐる保育園」での不正請求の疑いや基準を満たさない劣悪な実態について明らかにし、認証保育についての問題点を浮き彫りにしました。このような追求ができたのも、正義感溢れるHさんら若い保育士さんたちの勇気ある告発があったからです。

129日(日) 午前は大森南地域で、午後は南蒲田地域で行動。夕方から蒲田後援会、池上後援会のみなさんと忘年会。

128日(土) 矢口後援会・各民商の忘年会に顔を出し、久しぶりにみなさんと懇親を深めました。

124日(火) 第4回定例都議会開会。知事の所信表明、貧困格差の深刻な広がりや原油高騰に対する都民生活への影響など、都民の暮らしに思いを寄せた言葉がひとつも見当たらない。ただただ、オリンピック招致に全力を尽くすとの印象が強いものだった。

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