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かよこの活動日誌(~09年2月)

2月12日(木) 東京民医連事務局の方々のつどいで都議選政策についてお話しました。

 午後、昨年暮れから懸案になっていた、大田病院が「無料定額診療」の標榜を都に届けることについて、福祉局と交渉を続けてきましたが、本日、保護課長から「慎重に検討の結果、大田・品川地域には、当病院がないので、届け出を受理することとして、手続きに入る」との答えを受けました。大田病院の土居専務とともに、この話を聞きました。

 これまで、ずっと、国の医療抑制策を盾に、認めてこなかった東京都に対し、大きくふみだすことができました。

 これで、お金がなくて病院にかかれず、病状を悪化させてしまうことがないように、命の砦としての役割が、少しでも果たせるようになり、ほんとうに良かったです。

217_2 211日(水) 今日は、終日宣伝行動をしました。大森北地域・池上駅前・調布地域・大森西にはいりました。大変寒い日でしたが、多くのみなさんに協力してもらい、宣伝カーが走るところ、多くの方が手を振り、笑顔で応えてくれました。

29日(月) 路上生活者のための、緊急一時保護や、自立支援センターを運営している「特別区、人事更生事業団」本部を聞き取りで訪問。

 この事業は生活保護ではなく、都と区部が共同で行っている事業です。現在区部を5ブロックに分けて、緊急一時保護と、自立支援施設を5年ごとに、持ちまわるシステムとなっています。

 今日の深刻な事態を反映して、どこも満杯の状況です。自律にむけては、総合的な相談窓口が必要とのことでした。

2 26日(木) 今議会に都立病院条例の一部改正案が提出される中で、八王子・清瀬・梅ヶ丘病院の廃止案が含まれているということを知った、各病院の守る会の代表者が、知事室と病院経営本部へ「出さないで」と要請をおこないました。

 参加者はそれぞれ、「清瀬がなくなるなんて、考えられない」「八王子から小児病院がなくなったら、うちの子はどこへ行けばいいのか」。それぞれの病院があったから、今日まで生きてこられた等々、切せつと訴えられました。

25日(水) 東京社会保障推進協議会にて、来年度予算の特徴について、お話しました。

29 24日(火) 「街頭労働相談」第2回。新宿東口にて。(写真)

 ここでも、2時間の間、ひきもきらず、相談者が続きました。私が受けた方は、40代半ばの男性。「派遣切りにあい、江戸川区の高架下で野宿していた。情報がほしくて、図書館で赤旗をみて、今日ここで相談会があることを知り、朝から4時間半かけて、歩いてきた」とのことでした。「食べるものは、コンビニなどで、賞味期限きれで破棄するものをもらって凌いでいた。……」といいます。

 絶句です。こんなことを続けさせてはならない。政治の力で、大量解雇を撤回させるべきです。国会でも、大企業へも堂々と物申す日本共産党が伸びてこそ、政治は変わる。変えなければ。

 夜、私立幼稚園連合会の新年会に参加。

22日(月) 東視協・あんま・マッサージ会のみなさんと、福祉局交渉。

 「特養ホームでのあんま・マッサージの位置づけを」ということで、毎年交渉しています。現在、特養の経営支援として、介護保険制度ができてから、暫定支援をおこなっていますが、新期は認めないというものです。一方で、障害者の就労支援促進といいながら、全盲の方々の職場を削っていくようなことをしているんです。全盲者にとっては、限られた職種の中で、マッサージ・あんまは最も適した職種なのですから、ここに、光をあてるべきですよね。

131日(土) 聴覚障害者後援会(青空の会)の新年会にてあいさつ。小池晃参議院議員のミニ講演もあり、楽しいひとときでした。

 午後、大田年金者組合、城南保健生協鵜木・雪谷班の新年会など。

130日(金) 私の選挙事務所が開設された山王の近隣商店にあいさつまわり。夜、鵜木商店街連合会の新年会(区民プラザにて)。

129日(木) 南部医療労組の旗開き(産業プラザにて)

128日(水) 大田民商の新年会(大田文化の森にて)

127日(火) 荏原病院受診。年末の骨折のさいにせざるをえなくなった、ギプスから晴れて解放されました。

 午後、都議団として、池袋東口にて、「街頭労働相談会」をおこないました。2時間の間に17名の方々が、相談されました。私が、受けた方は、45歳の男性。派遣の仕事を2年続けてきた。しかし、昨年12月ころから、ぱったり仕事がなくなった。ネットカフェにももう泊まれなくなり、路上生活を2週間つづけている。風呂にもはいれず、着替えもできない。洗たくもできない。仕事をさがすにもこれでは、面接にいけないということでした。さっそく、松村都議とともに、練馬の福祉事務所に行き、生活保護を受け、一時保護所にはいることができ、次のステップにつながりました。派遣切りの実態をつぶさに知り、働く力も意欲もある青年が、このようにモノ扱いされて、路頭に放り出される状況をつくった日本の政治に新たな怒りを覚えました。

 派遣村のその後について、全労連副議長の井上氏から聞き取り。「現在40名ほどがまだ、住まいと仕事が決まっていない。昨日、用意した旅館を引き払い、今日から、別のホテルに移った。国は四千件の仕事を用意したというが、彼らにとっては、また派遣で、いつ首になるかわからない不安定労働につくことには、躊躇がある。常勤雇用を探している。今後、大量の派遣切りが予測されるなかで、まず、住まいと、生活保護で、くらしを安定させてから、総合的に相談できる窓口をつくってほしい」といわれました。

126日(月) 洗心保育園にて、予算のはなしと交流。

 子供たちの状況が年々、変化してきている。対応が難しくなっている。30人に1人の保育士基準なんとかしてほしい。やりきれないなどの声が聞かれました。

125日(日) 矢口消防団の始め式に参列。矢口後援会の新年会。渋谷要4区予定候補、和田正子区議も同席。いつも元気な矢口のみなさんに励まされています。

124日(土) 希望が丘商店街女性部の新年会(品川プリンスにて)。雪谷民商新年会、方正会町会、大森北後援会の新年会のはしごでした。

123日(金) 予算発表。二百億円の復活の中には、新・元気出せ商店街30億円に。私学奨学金の単価アップ。ガン患者の夜間相談窓口の開設など、わが党が要求してきた内容も組み込まれていました。

 夜、JMIU大田支部の旗開きに参加。

122日(木) 学校現業組合労組の旗開きに参加、あいさつ。

121日(水) 予算復活政党要望を知事に提出

 夜、蒲田民主商工会の新年会 田村智子参議院予定候補も参加しました。

120日(火) 農民連の20周年記念と新年会 産業プラザにて

119日(月) 私学第7支部の新年会 あいさつ(高輪プリンスホテルにて)

118日(日) 田園調布消防団始め式に参列。

 夜、田園調布クリーニング協会の新年会にてあいさつ。

217 117日(土) かざぐるま後援会の新年会 (写真)

 150名を超える参加者で、盛況でした。2大選挙に勝利しようと意気高く誓いあいました。沢田英治衆議院3区予定候補も参加し、歓談しました心のこもった、手作り料理でみんなの気持ちが温まるひと時でした。

116日(金) 予算知事原案発表

 来年度は7500億円の減収見込み。されど、過去10年間で3番目の税収です。相変わらず、投資的経費は増え続け、過去最高。5輪のための基金4000億円を崩せば、福祉・くらし・中小企業の応援十分できます。

 夜、大田区商連の新年会。区労協の旗開きに参加。

115日(木) 都予算大綱の説明・団会議

 夜、大田体育協会新年会 アプリコにて。

 大森町共栄会の新年会にてあいさつ

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114日(水) 国労新橋支部の旗開き きゅりあんにて(写真

 谷川智行さんと参加し、挨拶しました。

113日(火) 荏原病院受診。右手首の骨折は、順調に回復していますが、ギブスの巻き替えで、さらに2週間の我慢。なにかと行動制限がはがゆい思いです。

112日(月) 成人の日

 現在、体育館改修中のため、産業プラザにてつどいがおこなわれましたが、なにせ、外側のスペースが狭く、幹線道路にあふれ出しそう。道路側も、京急の立体化工事中で、ガタガタ。せっかくの晴れ着がかわいそうでした。

 私は、青年や黒沼良光区議とともに、「おめでとう」宣伝で、祝福しました。

1月11日(日) 蒲田消防団の始め式

116 1月10日(土) 大田党後援会の「新春のつどい」池上会館にて(写真)

 超満員の盛況。小池晃参議院議員の演説に引き込まれ、笑いと確信を深めあうつどいとなりました。

 夜、希望が丘商店街の新年会―新事務所にて

1月9日(金) 東京医労連の旗開き(写19真)

 谷川智行さんとともに、参加。挨拶。

 大田労連旗開き

1月8日(木) 東京土建大田支部の旗開き

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