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かよこの活動日誌(~09年5月)

531日(日)

田園調布消防団の操法大会があり、参加しました。その後、生活と健康を守る会の総会に参加、あいさつをし、大森西3丁目都営団地前で、「75歳からの医療費無料」署名など宣伝を行いました。午後は千鳥小学校で「都政を語る会」介護や教育などいろいろな意見要望もだされ、盛り上がりました。

529日(金) 

臨時議会。国の人事院勧告を受け、都議会議員・職員・都知事も給与の引き下げをすることが、合意されました。職員については、労使合意に基づき、日本共産党も賛成しました。

528日(木)

大田区シルバー人材センターの定期大会に参加しました。

夜、区議団主催の「介護保険事業者・利用者」との懇談会に参加しました。

527日(火)

厚生委員会。請願陳情審査と議案説明がありました。私は、府中病院などのPFI手法(民間事業化)を中止すること。府中療育センターなどの指定管理者制度導入をしないことをもとめる請願について、質疑しました。PFIは駒込病院の実態からしても、やめるべきです。

525日(月

重度心身障害児の訪問看護をされている看護師さんたちが都福祉保健局障害福祉部長と話し合いをもちました。そこに、私も同席しました。

昨今、NICU(新生児集中治療室)不足や、重度心身障害児者の受け入れ施設の不足のため、在宅療養を余儀なくされるケースがふえています。障害者自立支援法でおこなう、訪問看護では物理的にも、内容的にも間に合わず、そこをフォローしているのが、重度心身障害児の訪問看護制度です。

 期待される内容も、課題も多くなっているにもかかわらず、30年前の待遇は制度発足当時のままとなっている現況の訴えがありました。この事業の専門性を位置づけ、処遇改善を求めるというものでした。

 対応した障害福祉部長は「この事業の重要性は十分認識している。問題があれば、調査をする」と答えました。

524日(日)Photo

午後、矢口地域のみなさんと「都政を語る会」や口区民センターの会場いっぱいの参加者で、盛り上がりました。

4時~5時は、池上商店街を、練り歩き。「75歳からの医療費無料化など」を訴えて宣伝をしました。七福神ならぬ三福神もはいってのパフォーマンスは、道行く人の目を引き、ちょっと雰囲気がもりあがったかな~。Photo_2

523日(土)

私立大森学園の創立70周年記念祝賀会があり、参加しました。初代理事長のご子息である現理事長のお話をきいて、感銘をうけました。「当時は戦中であり、戦闘機を製造するのに、人出が必要だった。金属化工業の町、大田区で中学を卒業したこどもたちを集めて、学ばせながら、町工場に送り込んだ。そのとき、どの工場に配属されても、賃金・待遇は同じ。雇用保険や社会保険に入ることを要求して、理解をしてもらった」というのです。働くこと・学ぶことをきちんと位置づけて、育てあげてきた教育理念がいまも息づいているということを話されました。

522日(金)

駒込病院は4月からPFI(民間事業化)による運営が開始されました。約2ヶ月になるので、その実態を視察させていただきました。

医療の周辺業務については「SPC駒込」という特定目的会社が統括しています。これまで、直営でやっていた業務、直接委託していた業務がすべて、統廃合されながら、「SPC駒込」のもとで、11の会社が受託し、ものによっては、さらに下請けしているものもありました。ですから働く立場にたてば、職場も会社も変わらなかったけれど、2重搾取を受ける状況になった方々もいるわけです。指揮命令系統も複雑になります。どこが効率的というのでしょうか。医療の現場の医師・看護師にとっては、臨機応変・緊急対応というときの柔軟性や、2重手間になったり、ストレスがたまるばかりです。

PFIの実態については、今後も問題点を追及していきます。

 夜8~9時 大森駅西口で青年のかえるネットのみなさんが宣伝をするので、一緒に行いました。朝の雰囲気とは違い、なかなかいいものですね。

521日(木)

都教育庁に対し、「30人学級の実現」や「給付型の奨学金制度」の実施を求める交渉をおこないました。日本共産党都議団・市区町村議員・関係者が参加しました。

 都が主張する40人学級のほうがいいという、根拠やそのほうがいいという意見があるというが、文書であるなら、示せと求めましたが、根拠も示せず、文書もないことを認めました。現場の実態を訴えるみなさんの声は迫力がありました。

516日(土)

区内消防団による合同水防訓練の実際が大森東1丁目のふるさと浜辺の沿岸でおこなわれました。近年、都市型水害など、脅威となっています。急な増水などへの対応策、水難者の救助など、その実際を垣間見て、感謝です。

515日(金)

私が働いていた大田病院の市川俊夫先生の慰労会に参加。80歳を超えて、長野県栄村の医師として、1年間単身赴任で、奮闘されてきた先生を囲む会でした。父のふるさとだとはいえ、先生の意気込みには、感服するばかりです。その奮闘ぶりは、いくつかのTVでも特集をくんでくれました。やっと、戻ってきた先生。これで引退かと思いきや、まだまだそういうわけにはいかないようです。先生は死ぬまで現役でしょう。そこに、生きがいを感じている先生を尊敬します。いつまでもお元気で。

514日(木)

大田革新懇談会が主催する「品川正治さんの講演」を聞きました。経済同友会永久顧問という立場の人だけに、説得力がありました。

512日~13

しばらく、休暇がなかったので、夫とともに、強羅温泉へ。季節はもう初夏を思わせるような、日差しの強さがあり、いつのまにか季節はすすんでいたのだと、気づきました。

511日(月)

保育園の待機児童の実態調査の結果について、記者発表しました。大山・吉田・田村智子都委員会副委員長が同席し、「保育政策」の提言も発表しました。

 今回の調査で、待機児童は急増しており、昨年の15倍。1万人におよびます。10月には、2万を越えると推計されます。日本共産党は都の計画を前倒しして、3年間で15千人分の認可保育園の増設。そのための用地費補助や公私格差是正の復活を実現します。

510日(日)

 全都の「日本共産党後援会」貸し切りで、4時半から、国立大劇場において、「前進座」公演の観賞。市川梅の助の「左の腕」がおもしろかったです。なぜか、終了時に梅の助さんに、私が花束を贈呈してしまいました。

59日(土)

大田後援会企画の「都政のムダ使い調査バスツアー」に同行しました。まず、豊洲の汚染土壌地・オリンピックメインスタジアム予定地を、外国船ターミナルの展望台から、視察。

どうみても、10万人を収容できるスタジアムとしては、狭いし、一部は海につき出している。その後、築地市場へ。市場長から説明を受けたあと、自由行動。買い物をして、日本共産党中央委員会を見学。高層ビルの屋上には、バラ園など庭園があり、ソーラーシステムもあり、環境配慮が施されていました。

 昼食は、職員食堂で。偶然にも志位和夫委員長もそこで、食事を!ついでの記念写真をパチリ。

57日(木)

平和行進が山王事務所前を通るので、私もすこし、行進に参加しました。今日も、雨模様の中、みなさんごくろうさまです。

56日(水)

連休最後の今日は、マンションめぐりの宣伝。下丸子の多摩川沿いのマンション群では、まるで大きな要塞のようなマンションの壁にむかって声を届けようと、頑張りました。なかには、十数回の高所から、一生懸命手を振ってくれる人もいて、感激しました。

 先月末から、メキシコで発症した新型インフルエンザの水際作戦で、空港周辺では、大変な検疫騒動になっているようです。

55日(火)こどもの日Photo_3

今日は、公園めぐりの宣伝活動です。生憎の雨模様で、公園に出かけている親子はすくなかったのですが、新しく整備された小池公園で宣伝していると、幼児を連れて散歩していた若いパパが「荏原病院で、出産できるようになって、ほんとによかった」と歓迎してくれました。

Photo_4 54日(月)みどりの日

今日は、都営住宅を中心に、宣伝と「75歳以上の医療費無料化」の署名も行いました。

署名はどこでも、共感を得て、大森東1丁目団地では、2棟で、200筆を超える署名があつまりました。

53日(日)憲法記念日Photo_5

五月晴れのもと、黒沼都議予定候補、渋谷要(4区衆議員予定候補)とともに、大森駅と蒲田駅前で、憲法記念日の宣伝をおこないました。

 午後から、鎌倉建長寺へ。久が原在住の書家でもある、金沢翔子さんの個展を鑑賞に、行ってきました。23歳の小柄な翔子さんは、ダウン症でありながら、力強く、躍動感のある素晴らしい書を屏風いっぱいに描きます。無心の天使を育てたやはり書家であるおかあさまも素敵でした。

51日(金)メーデー

働くものの祭典第80回メーデーが代々木公園で開かれました。私はいつものように、党本部玄関前で、デモ行進のみなさんに激励と連帯のあいさつ。一時は影を潜めた、青年の姿がめだち、心強く感じました。

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