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かよこの活動日誌(~09年11月)

1029日(木)

退職区職員の作品展「けやき」を観賞。それぞれ多彩な力作で、目の保養をさせてもらいました。

1027日(火)

夫とともに「沈まぬ太陽」の映画を観賞。この映画が、今日、こうして上映できるまでになるには、相当の軋轢があっただろうと想像に難くありません。ひさしぶりに見ごたえのある映画でした。

091026 1026日(月)

夕方、新宿駅東口にて、「日本共産党街頭演説」で、小池あきら参議院議員・田村智子参議院比例予定候補とともに、私も訴えました。今日から、新政権のもとでのはじめての国会で、首相の所信演説がおこなわれました。これからが本番です。

1025日(日)

朝から雨でしたが、昼前に晴れました。

大田区上池台福祉会館で「虹まつり」。多摩川河川敷で、恒例の「大田・品川健康まつり」が模様されました。それぞれ開催できて、よかったですね。

1024日(土)

夕方から雨でしたが、夜、大田民商60周年記念集会に参加。中小業者のくらしと営業を守る要となって、運動を発展させてきた民商運動ですが、グローバル化、規制緩和、不況の連続で、業者のみなさんは非常に厳しい試練にたたされています。頑張れ!

1023日(金)

公営企業決算特別委員会(第2分科会)の都市整備と都立病院の審議。

私はまず、都市整備では、大橋地区再開発について質問を行いました。中央環状新宿線と品川線のジャンクションとなる、大橋地区の再開発は2棟の高層ビル建設が予定されていましたが、その1つの超高層ビル建設にあったては、特定建築者を募集しても、2度にわたって、不調となり、3回めは、都が予定価格も示せないまま、79億円の予定が19億円で落札という事態です。その差60億円は、またまた税金投入になることは目に見えています。私は行政がこのような不働産業に手をだすべきではないと厳しく主張しました。

つぎに、病院経営本部の質疑では、都立梅が丘病院の果たす役割について、改めて、確認をしました。小児精神科の専門病院は、全国でたった2つしかありません。小児の心の拠点病院として、位置づけられたばかりであり、その機能を残すべきだと主張しました。

1022日(木)

常任委員会事務事業質疑―環境局

私は国が京都議定書に基づいて、2020年までのCO2s削減25%を打ち出したことに、呼応して、都としても、その立場に立つようもとめました。

1021日(水)

公営企業決算特別委員会(第2分科会)の下水道局関係の審議。

都市化の進展の中で、また、地球温暖化による集中豪雨が、冠水被害や下水道官・処理施設への負荷を大きくしています。

豪雨対策のひとつとして、個々の宅地においても、雨水と汚水を分けて貯留する「宅地内雨水浸透枡」の設置促進を求めました。

Photo_2  1019日(月)

公営企業決算特別委員会(第2分科会)の水道局関係の審議

私は、八ツ場ダムに関して、東京の水需要計画と実態との乖離から、中止すべきだという立場で質問をしました。東京都は、相変わらず、「必要性がある」の一点張りでした。

1018日(日)

希望が丘商店街での「きて・とく・まつり」に事務所としても、参加。バザーや輪投げの出店をしました。商店街からのトン汁の無料サービスもあり、長蛇の列でにぎわいました。

1017日(土)

恒例の私学拡充大会が今年は大田区にある日体荏原高校で、開かれました。新政権のもとで、高校授業料無料化が打ち出され、私学としては、また格差が広がるのではないかとの懸念の発言もありましたが、「高校授業料無償化は世界の流れ」、今回はその1歩だと、位置づけるべきでしょう。

1016日(金)

都議会報告と各団体との交流

医療現場・教育現場で進む、貧困の実態を、改めて実感しました。IOC総会の開催地、コペンハーゲンに行ったスポーツ団体の代表からは、16年開催地が「リオデジャネイロ」に決定した前後の現地での様子の報告があり、やっぱりという、感じを受けました。

 それにしても、五輪招致に150億円以上も使いながら、石原知事は帰国後の記者会見で「その程度の招致経費は、痛くもかゆくもない」などと発言そました。もはや都民感覚からかけ離れています。わが党は今後も、この間の実態を徹底追及していきます。

1015日(木)

大田区の「不況打開実行委員会」が呼びかけて、経済危機突破決起集会のための準備会が

開かれました。1112日、集会は開かれます。各階、各層、各政党、国・都・大田区にも呼びかけています。いまこそ、思想信条の違いを超えて、力を合わせるときです。集会の成功を!。

1014日(水)

都立桜台高校の開設式典に参列。

これは、都立高校改革のもとで、大田区にあった南高校の跡地に、3つの都立高校を統廃合して、進学型の商業高校を設立するものです。すでに、今年4月には、1期生が入学しており、港区の仮校舎で勉学がはじまっています。来年には、新校舎に移転することができるとのことです。

Photo_4 1011日(日)

矢口地域でのコミュニティーバスの開通式典があり参加しました。4年前の都議選の私の公約でもあったのですが、以来、和田正子区議や地元の「コミュニティーバスを走らせる会」の皆さん方が粘り強く、運動を進め、行政ともタイアップして、今日、ようやく実現の運びとなったわけです。バスの愛称は「たまちゃんバス」。かわいいキャラクターも地元の小学生が描いたものが採用されました。

109日(金)

公営企業決算特別委員会 私は、第2分科会のため、水道・下水道・都市整備・病院の4局の質疑をおこなうことになりました。今日は資料要求のみ。

夜、都議団の歓送迎会もそこそこに、地元党の創立記念と永年党員の伝達式にかけつけました。

108日(木)

台風縦断で、風雨強し。どこかで、また、災害か。

107日(水)台風18号で風雨強し

久しぶりに南大沢の首都大学労働組合との懇談にいってきました。独立行政法人化してから、初めて、おじゃましました。

大学の質と権威を高めていくためには、継続的な研究・探求が必要だとおもうのですが、教授クラスは有期限雇用。ほとんどの職員は3年単位の契約職員ということにおどろきました。とりわけ、大学にとって、図書は命ですが、その専任の図書館司書がおらず、契約でころころ変り、内容的にも低下していることを、大変憂いていました。このやり方は間違っていると改めて、実感しました。

106日(火)

かち事務所当番のボランテアをやっていただいているみなさんと、打ち合わせ。

午後、高齢期運動の団体と懇談。

夜、東京都視力障害者団体協議会との懇談。毎年要望されている「障害者会館」のパソコンのインターネットが使用できない問題は、いかにも時代遅れではないでしょうか。オリンピック招致には湯水のように、税金投入する一方で、障害者の切実な願いを後景に追いやる逆立ち都政の、姿勢をかえなければなりません。

105日(月)

3回定例議会開会

渋谷区住民の方々と都道の街路管理について、建設局と交渉。

103日(日)

40年ぶりの高校クラス会に参加。長野駅近くの会場だったので、日帰りとなりました。

恩師とともに、20名ほどが参加。卒業後の一人ひとりの人生に触れ、感無量でした。

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