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かよこの活動日誌(~10年2月)

128日(木) 復活も含めた予算原案の説明を財務局から受けました。

127日(水) 夕方5時から、小池あきら参議院議員、田村智子都委員会副委員長、かち都議、区議団と「医療関係者との懇談」をおこないました。本日の演説会の前の限られた時間であり、また時間設定にも無理があって、20名ほどの小規模ではありましたが、区内の病院・診療所・鍼灸院・介護事業所などから医師、看護関係者のみなさんに参加していただき、率直な現場の実態などを話していただきました。0127iryokondan_2その後、「日本共産党新春演説会」がアプリコで行われ、市田書記局長や小池あきら参議員議員らのわかりやすい演説に、会場いっぱいの参加者の感想は上々でした。0123daienzetu

126日(火) 日本共産党都議団の復活予算要望を石原知事に行いました。

123日(土) 私の地元地域の後援会「かざぐるま」の新年会で、当面する参議員選の勝利と来年の一斉地方選、とりわけ区議選での勝利をめざして気勢を上げました。0123kazagurumasinsyun_2

121日(木) 予算原案の会派説明を受けました。税収減を強調されるが、東京都には4000億円のオリンピック基金や13000億円の基金があるのですから、暮らしや雇用、福祉・教育にこそ使うべきです。しかし、あいかわらず投資的経費は6年連続の増額で、逆立ち予算の編成となっています。

118日(月) 今日はなぎさ寮の退寮日です。朝8時過ぎから最寄駅までのピストンバスがどんどん出発しています。私は吉田幹事長とともに、見送りにいきました。門前では、ワンストップの会のみなさんが激励のアナウンスをしていました。今回は30代~40代の若い方も多くいました。スーツ姿の人も。派遣切が製造業ばかりでなく広がっていることが分かります。「派遣村などくり返さない」、労働法制の確立こそが求められます。午後、私学振興父母の会第7支部の新年会に参加しあいさつしました。

114日(木) 政府の示した「高校の授業料無償化」では、都立高校の場合3600円の自己負担が発生すること。私学についても、さらに公私格差が広がる可能性があることなどから、教育庁と生活文化スポーツ局に対し、実質無料化になるよう都としての対応を要請しました。

113日(水) 東京都は2月末から316日にかけて、3つの都立小児病院を廃止する計画を明らかにしました。都議団対策チームは、それぞれの地域・利用者などにでている影響を調査することにしました。今日私は中井事務局次長とともに、小平市にある公立昭和病院を訪ね、事務局長からお話を伺ってきました。清瀬小児病院のベッド縮小に伴う影響は、まだ数字的にはつかんでいないが、府中へ移転統合された後の地域医療に空白を出さないよう、都として責任をもって対応してほしいというものでした。

112日(火) 都福祉保健局高齢福祉部に対し、「後期高齢者医療保険料の値上げをするな」の要請を都委員会、都議団、区議、市議で行いました。国は制度「廃止」の公約を先送りし、値上げ抑制についてもなんら対策をとっていません。せめて都として、「値上がり分への補助金手当てをせよ」と求めました。広域連合委員にはわが党から4名が参加しており、1月末にも来年度の方針が決められようとしていることも明らかとなり、「いまこそ都の対応を」と求めましたが、担当部長は頑なに拒むばかりでした。

110日(日) 希望が丘商店街振興会の新年会。佐藤理事長のお話で新発見。30日から封切りとなる山田洋次監督の映画「おとうと」の撮影舞台に、この商店街と近くの池上線「石川台」駅付近が使われたとのこと。吉永小百合さんらが、1週間ほどそのために「商店街事務所」を借用したとのことでした。そんな話を聞けば、「おとうと」の鑑賞普及をしたくなります。そして商店街の元気にもつながればと願うものです。

18日(金) 吉田幹事長、大山都議と私は昨日のなぎさ寮の実態から、福祉保健局担当部長に要請しました。「医師・看護師の配置と、生活保護申請手続きにおける、自治体間での温度差について、速やかに処理されるよう徹底を」と求めました。その後、12日から医師の常駐と看護師2名が配置されました。「無料低額診療事業」をおこなっている大田病院にも15名の受診があったとのことです。

17日(木) 区内老人クラブ連合会の新春のつどいが行われ、日本共産党からは、小池あきら参議員、区議団、都議の私が参加しました。その後、小池氏、田村智子さんとともになぎさ寮を訪問。この日の朝、利用者の1人が病死するという事故があったとのこと。ここは70畳のたたみ部屋に35~40名が雑魚寝という劣悪な環境であり、インフルエンザの流行もあって、体調を崩している人も相当数いるとのこと。小池氏とともに「まず、医師・看護師の常駐を」と東京都の課長に強く求めました。0107nagisaryo_2

15日(火) 4日にオリンピックセンターを退去した利用者8百数十名は、5日には大田区にあるなぎさ寮(山谷越冬対策施設)に移ることになり、562名が移動してきました。18日までという期限付きで東京都が開放したものです。私はこの日、大山都議、菅谷郁恵区議とともに現地を視察し、都職員から状況説明を受け利用者を激励してきました。不安の中にも、とりあえず落ち着くところが確保されて安堵されている様子でした。 明日は生活保護申請者400名余りを、23区などの福祉事務所に振り分け、それぞれの地区から担当者が説明に来るとのことでした。医務室はあるが医療関係者はいないとのことでした。0105nagisaryo_2

14日(月) 大田区新春のつどい。産業プラザのホールいっぱいの参加者で賀詞交換が行われました。

13日(日) 次男家族が来訪。孫たちの成長ぶりに和む一日でした。

20101月元旦 日本晴れの元日を向かえました。例の本門寺山門前での「核兵器廃絶」署名の行動の後、蒲田駅東口にて日本共産党区議団、地区委員会と一緒に新年のあいさつ。厳しい不況を反映してか、晴れ着姿にはほとんど出会いませんでした。今年こそ、くらし・雇用の安定で、希望の持てる年に。決意を新たにしました。

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