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かよこの活動日誌(~10年5月)

4月30日(金) 61回目の誕生日を迎えました。日常の変化は感じませんが、着実に年を重ねているんだ、という実感があります。

4月29日(日) 大田女性後援会の「つどい」があり、参加してあいさつしました。小池あきら事務所のスタッフということで、池田真理子さんのお話がありましたが、とてもわかりやすく、最近の深いところでの変化など、おもしろい情勢だと改めて知らされました。

4月28日(水) 大田区メーデー前夜祭に参加。最初に南部法律事務所の弁護士さんから、メーデーのルーツについてミニ講演がありました。120年も前の米国で、奴隷的労働からの解放をもとめて労働者が団結し、8時間労働を勝ち取ったところから発生したということ。21世紀になっても、この日本で過労死やワーキングプアなど、かつてと同じ状況が生まれていること。やっぱり、労働者の人間性をとりもどすためには、今もこれからも、団結して戦うことで勝ち取れるんだということなどを、改めて学びました。

4月27日(火) 大森日赤病院の改築開院式があり参列。その後、院内を見学しました。二次救急対応病院として、最新式のMRIやCT、血管像映機器など、重装備の病院になることがわかりました。病棟は4人部屋と個室、特別個室などがあり、差額ベッド料は1万数千円から3万数千円だということもわかりました。う~ん、やっぱり、懐が痛いですね。

4月24日(土) 移設新築した雪谷特別出張所の集会室で、「都政報告会」をおこないました。50名を超える方々にご参加いただき、質問なども活発にだされました。夕方、和田正子区議地域の「春のつどい」に参加しあいさつしました。オープニングでフォルクローレの演奏があり、会がなごみました。

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4月23日(金) 今日も雨。夕方、蒲田駅西口にて、小池あきら参議院議員を向かえ「街頭演説」をおこないました。ますます行き詰まる普天間基地問題、政治と金、公約違反の「外環道路復活」など題材に事欠きません。小池氏の話はユーモラスの中に真実があり、徹底した弱き者の立場に立つ姿勢が、多くの共感を得るのではないでしょうか。私も都政に触れてお話しました。

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4月22日(木) 冷たい雨。「大田の中小企業を救え」、国会で志位委員長が鳩山首相に迫り、「機械のリース代の延長」を約束させました。さらに直接支援を。5月26日には、志位委員長・小池あきら参議院議員とともに、大田で「町工場懇談会」を開きます。その案内を含め、京浜島工場を一軒ずつ訪問するというので私も参加しました。まさに「ここでの事業は、日本の産業の基盤をささえているかけがえのない事業であり、守らなければならない」と、改めて思いました。ある社長さんの「成長戦略、成長戦略とあおるが、われわれの仕事は基盤産業であり、思い付きなどでどうにかなる仕事ではないんだ」ということばが印象的でした。

4月21日(水) 石川町住宅自治会長らとともに、渋谷の住宅供給公社に出向き、この間の懸案について質す交渉をおこないました。老朽化している該当住宅の外装を、やるやるといって1年もずるずると先延ばしして、なんらキチンとした説明もなかったことに、怒りをもってのぞみましたが、公社側から「対応が不十分であり申し訳ない」と部長が侘びをいれる始末。外装については、今年度の最優先課題ですぐにも取り組むとの回答。その他については、別途、担当者と後日あうことにしました。

4月20日(火) 大森北の新婦人例会にて都政報告をおこないました。

4月19日(月) 環境局排出量抑制課長から、本年度の取り組みである「大企業の削減義務化」「中小企業への支援策」などについて、聞き取りをしました。同時に、本年度から排出量取引もはじまります。今後の行く末をしっかり見極めたいとおもいます。 夕方、建設局技官の退任にあたり、委員会有志による「ねぎらう会」に参加。

4月18日(日) 大田病院の開設60周年・開所式に参列。大森第一小学校でおこなわれましたが、会場はあふれんばかりの盛況でした。遠路はるばる駆けつけたかつての職員はもちろん、近隣病院・診療所の先生方も多数参列。大田区副区長をはじめ町会役員のみなさんなどなど。「地域医療への貢献」をはたしていることを実感しました。これからも「差額ベッド料」のない、公平・平等な医療の提供でがんばってほしいとおもいます。

4月17日(土) 明日は旧職場であった「大田病院」の改築開所式があるということで、本日の夜にかつての同僚たちが、私をはげます会を開いてくれました。なかには九州からはせ参じた後輩もいて、なつかしく楽しいひとときを過しました。今回は、どれだけ彼女たちにささえられ励まされたことか。この恩はわすれません。

4月16日(金) 朝、品川港南口にて、労働者後援会のみなさんと笠井亮衆議員議員らとともに宣伝をしました。冷たい雨模様でした。昼、新宿駅西口にて女性後援会の宣伝。田村智子比例代表予定候補、小池あきら参議員も参加してにぎやかに。足を止める人、手を振る人もみかけました。

4月15日(木) 環状7号線北千束付近のみなさんから、「震動が激しくて眠れない。何とかしてほしい」との相談があり、建設局保全課長と交渉をおこないました。とりあえず、対応策についての返事を連休前にするとの約束をとりつけました。

4月14日(水) 大阪市議団の視察に対応。「中央環状線」などについて。

4月13日(火) 代々木の日本共産党本部にて、終日「地方議員研修会」。情勢の深いところでの変化と胎動を実感しました。都議団の事務局や受付のみなさんの「歓送迎会」に参加。「皆さん、第1回定例議会ほんとうにおつかれさまでした」と、心の中でつぶやきました。

4月12日(月) 都庁活動者会議にて都政報告をおこないました。

4月10日(土) 民主党は「高速道路料金無料化」を公約し、「コンクリートから人へ」と公約していたのに、6月に新体系にするとの発表では、「高速料金の半分を、外環と名古屋環状2号などを建設する財源として流用する」といい、新料金体系では、近距離ほど高速料金が高くなる実質値上げ案をだしてきました。凍結していた「外環」の予算が動き出したのです。とんでもありません。さっそく、その経緯と実態についての学習会をしました。昼、雪谷民商「婦人部」のお花見会に顔を出し、その後、雪谷4丁目地域のマンション紛争の住民の皆さんとの話し合い。夕方、藤原区議団長地域の「春のつどい」であいさつ。女性のあじさいコーラス、こどもたちの「梅屋敷太鼓」など、楽しくにぎにぎしいつどいでした。

4月8日(木) 映画「アンダンテ~稲の旋律」の試写会に参加。「ひきこもり」だった女性と日本の農業問題をからませ、未来に力強く歩みだす姿がとてもさわやかでした。5月27日の上映会、アプリコの1500席を満杯にしたいとおもいました。

4月7日(水) はじめて都立荏原看護学校の入学式に参列。最近は社会人入学や男子生徒も増えてきているとか。看護学校状況も様変わりです。荏原病院が公社になってしまったこともあるのか、実習の主体は都立墨東病院のようでした。荏原病院の看護師不足も、少しずつ解消しつつあるとか。早く全ベッド稼動できることを願うばかりです。夜、大森北センターにて、「こだま会」役員会で都政報告。

4月6日(火) 今日は久々にぽかぽか陽気。夫が他界して1ヶ月目です。この1ヶ月は、あわただしく過ぎてしまいましたが、家の中を整理しはじめると、なつかしい思い出が甦ってきます。そして「もっと、こうすれば・・・」と自戒の念に落ち込みそうです。振り向いてももう、あなたはいない。

4月3日(土) 調布公園の桜が満開です。夕方から「ひまわり会」の皆さんが、その下でお花見会。ところが、はじまって程なく雨が降り出し、急遽Y家に大移動でした。久しぶりに南部合唱団のみなさんも参加して、歌声酒場になりました。

4月2日(金) 大森西図書館で、菅谷区議とともに都政・区政報告会。春といえどもまだ寒い中、50名を越す方々の参加を頂き、活発な質問・意見が出されました。国政で混迷している民主党は、都政でも「築地市場の豊洲移転NO」や「都立小児病院の存続」など重大な問題で、都民との公約を反故にしている。「国民の暮らしに根づき、公約を守る党はどこかしっかり見極めること」、そのことを多くの人に知らせていくことが大事だね。と語りあいました。

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