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かよこの活動日誌(~6月)

531日(月) ユニット型特養ホームの実態調査で善光会を訪問、聞き取りをしてきました。印象的だったのは、これまで食事は外注にしていたがコストの問題もあり、直営に切り替えたとのことでした。いまどきめずらしいことです。学校給食や保育園も含め、外注には一貫して反対しているものとして今後を見守りたいと思いました。午後、シルバー人材センターの定期総会に参加。

530日(日) 田園調布消防団操法大会に参加。

529日(土) 夕方、雪谷民商雪谷支部の総会に参加。

528日(金) Oさんの見舞いがてら、新築した大田病院にいってきました。広くなった病室はゆったりとしたスペースがあり、療養環境はかなりよくなりましたね。夜、保育後援会の「つどい」に参加しました。数年ぶりの再結成とのことでしたが、とても明るく活気づいていました。

527日(木) 環境・建設委員会。請願・陳情の審査と、2定例会に提出予定の議案の説明がありました。夜は「アンダンテ~稲の旋律」の映画会。

526日(水) 日本共産党主催「町工場懇談会」が大田産業プラザで開かれ、盛況でした。志位和夫委員長が報告し、小池あきら参議院議員と私が司会をしました。大田工連の会長や大田産業振興協会理事長など、多彩な方々から積極的な発言がありました。Tyusyokondan_2

523日(日) 山王地域の「つどい」に参加。冷たい雨模様でしたが、活発な意見交換ができました。

522日(土) 馬込駅に念願のエレベーターが設置され、今日から運行開始されましたので、地域のみなさんと現地を確認してきました。昼、蒲田駅西口にてロングラン宣伝に参加、「普天間基地の無条件撤去」と「消費税増税反対」を訴えました。午後、「羽田シンポジューム」に参加。その後、都議団の中小企業チームの学習会に参加。夜は金子区議の、地域の「つどい」に参加。

521日(金) 「外環道路建設について」国交省交渉をおこないました。小池参議院議員が予算委員会で「外環」問題を質疑した際、「BバイC」の算出根拠を後日公表するといっていたが、いつになるのか。高速料金制度の変更によって新たな高速道路建設をスタートさせると前原大臣はいっていたが、結局新料金体系は棚上げになった。現行制度を続けるというのなら、外環の工事も中止すべきだと要求しました。「BバイC」の根拠は年内に出すよう準備しているとのことでした。

51920日 建設・環境委員会で視察。青森の風力発電と、世界遺産の「白神山地のブナ林」を見てきました。風力発電は生憎「ヤマセ」と視界ゼロの霧に覆われ、なにも見えませんでした。ブナ林の散策は、ちょうど雨上がりの新緑の候で、貴重な自然を直に体験でき感動でした。

518日(火) 大田区労働者後援会のみなさんと、「工場訪問」で羽田旭町に入りました。「全く仕事がない。もうだめだ」という人、「なんとか、がんばっている」という人もいたが、すでに工場を閉めているところもあり、厳しい現実がそこにはありました。

517日(月) 朝は「新風」都庁職後援会のみなさんと都庁前で宣伝。昼は新宿西口にて、女性後援会のみなさんと宣伝。その後、第2回定例議会の質問検討会。

516日(日) 今朝は久しぶりに本門寺の朝市に買出し。午後は石川町文化センターで、木下恵介映画シリーズの「息子」を観ました。殺人被害者の人権問題を取り上げた、現代にも通ずる良い映画でした。

515日(土) いま、大田区では大変な問題が起きています。今日は「その区民決起大会」が産業プラザで開かれ参加しました。それは、京浜急行の連続立体交差事業に関することです。工事中の片側半分が完成し、明日から新しいダイヤで運行するということが、4月下旬になって大田区に知らせがきました。それによると、京急蒲田駅を通過する電車が1時間に3本もあるということがわかったのです。大田区としては、「とんでもない。何の相談もなく、勝手にこんなダイヤを組んで、決まったから了承せよとはあまりにも京急の身勝手というもの」と言わざるをえません。この間、なんどか通過ダイヤの撤回と見直しを求めてきましたが、京急側は全く聞く耳を持たない態度に終始してきたのです。そのため、今日は怒りと抗議の決起集会となったのです。国会議員・都議・区議が超党派で参加し、自治会・商店会もこぞって参加し、京急本社への要求文書を確認しました。

5月14日(金) 党都議団として、商店街のLED化に対する補助の充実を求めて、産業労働局に申し入れをおこないました。局は、「昨年よりも、対象枠を増やす」といっていますが、今年度は電球に対する補助が5分の4であるものの、電柱の取替えは2分の1補助しか出ません。環境対策として取り組むなら、昨年同様、電柱もふくめて5分の4の補助が必要なのです。20100514toyousei_2夜は東京体育館で「日本共産党演説会」が開かれ、参議員予定候補者と来年の一斉地方選挙の予定候補者が勢ぞろいして活気づきました。今回は、志位委員長が5月はじめに「NPT(核不拡散条約)会議に参加し、米国の政府要人との会談」の報告があり、「普天間基地の無条件撤去を伝えてきた」との報告は、衝撃的で勇気がわいてくるものでした。日本共産党は、たとえ米国であれ、いうべきこと堂々という政党であることに誇りを感じました。

5月12日(水) 石川町住宅の問題で都住宅供給公社に交渉しました。「改修工事をやるといっていたにもかかわらず、1年以上も放棄しているとはどういうことか。」住民のみなさんの怒りは当然です。部長がでてきて、「すみませんでした」と陳謝しましたが、なにはともあれ老朽化した建物は早く改修工事をおこなうこと。バリアフリーの風呂、階段の解消など課題は山積です。次回に担当者と、また交渉する約束をして解散しました。

5月11日(火) 羽田空港新滑走路の進捗状況と、大井埠頭の貿易港の実態を視察してきました。羽田空港の再拡張と国際化は、10月末新滑走路の共用開始の準備が着々と進んでいました。1千メートルが桟橋、2千メートルが埋め立ての新滑走路は、多摩川の半分まで突き出ており、これは将来いろいろ影響が出ると懸念されました。世界初のハイブリット滑走路は、今後どういう影響がでるかは未知数です。

5月10日(月) 生活相談があり、山手通りの街路整備にともなって、家の建てつけに影響がでているということを聞き、渋谷の五十嵐区議、建設局の担当係長さんらとともにAさん宅を訪ねました。二階建てのその家は、柱や床にヒビや亀裂が入り隙間ができ、大変危険とも思われる状況でした。それは都の職員も確認したところです。事業実施を行っている首都高株式会社との間に折衝会社がはいっており、話し合いが進まないという状況でした。公共事業による被害者を出してはならないということで、都にすみやかな対処をするよう求めました。

5月8日(土) 午前中、大田女性後援会のみなさんといっしょに、女性宣伝カーで宣伝をしました。参議員選挙モードになってきました。午後は子どもたちとともに、夫の納骨を「巣鴨平和霊園」でおこないました。「しばし、安らかに、お眠りください」。

5月7日(金) 東京都教育委員会が、今年から39人学級対応で教員の加配体制をとりました。実際には少人数学級でも複数担任制でも、現場の選択に任せられるという内容でしたが、4月に蓋をあけてみると自治体ごとにばらつきがありました。中でも大田区は、対象校が小学校2、中学校7校あったのですが、すべて複数担任制を選択し少人数学級にはなっていませんでした。(中学1校だけが手続き上のミスで少人数学級)今朝、区教育長に、「大田区でも少人数学級の実現を」という申し入れを日本共産党区議団とともにおこないました。しかし、なかなか頑なな姿勢でした。午後は「平和行進」に参加しました。2010_2

5月3日(月) 文化の日、「ひまわり会」主催の旧東海道の散策の旅にいってきました。深緑の旧東海道は風も心地よく快適でした。帰りは箱根湯本のひめしゃらの湯で一休み。参加者は中高年層でしたが、みな足が丈夫。日ごろ歩きこなしている状況がよくわかりました。

5月1日(土) メーデー。今年は、とりわけ働く者の権利を取り戻すため派遣労働法の改正が焦点です。同時に沖縄の普天間基地移転問題で、沖縄では4月26日、9万人の「基地撤去」を求める集会がおこなわれ、鳩山内閣は窮地に追い込まれています。沖縄と連帯して、「普天間基地は無条件撤去」この声を大きくひろげていきましょう。私はいつものように党本部前で、デモ行進の皆さんに激励と連帯のあいさつを送りました。

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