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かよこの活動日誌(7月~)

9月3日(金) 保健医療公社本部から説明があり、10月から公社病院産科の分娩費用を引き上げるともことです。一律4万2千円(出産一時金のレベルまで)のアップとのことですが、その理由は「都立・公社病院の分娩料が低すぎる」、「産科医師の社会的評価を引き下げるものだ」というのです。私は、それは違うと思います。公的医療機関であればこそ、安心してこどもが産めるよう、経済的負担の軽減をはかるべきだと思いますけどね。

9月2日(木) 今日も一日、たくさんの団体と懇談をおこないました。それぞれみんな一生懸命頑張っていても、なおもう少し支援があればなんとかなるというものばかりです。東京都には来年もなんにでも使える基金が1兆円もあるのですから、こうした切実な要求に応えるべきだと強く思いました。

9月1日(水) 聴覚障害者連絡会との予算懇談をおこないました。

8月30日(日) 昨日から希望ヶ丘商店街の盆踊り大会。いつものように雪谷小学校の生徒を中心に、雪谷太鼓の威勢の良い太鼓の響きではじまった盆踊りの輪に、私も浴衣姿で加わりました。へたでも、盆踊りは見るより参加するほうが楽しいのです。

Kachibonodori

8月27日(金) 大田工連・大田私立幼稚園連合会と区議団との懇談に、私も加えていただきました。

8月26日(木) 大田区議団とともに、蒲田医師会との懇談をおこないました。とても精力的に住民要求に応えようとしている姿勢が伺われました。作成している医療ガイドブックもさらに充実していました。

 

8月25日(水) 予算懇談会がはじまりました。今日、私は「勤労者つり協会」の方々から要望を伺いました。

8月22~23日 都内党地方議員研修会。

8月16日(月) 岩波ホールにて、映画「セラフィーヌの庭」観賞。

8月15日(日) 今日は終戦記念日。いろんな催しがおこなわれました。正午、炎天下蒲田東口にて恒例の宣伝。その後、大田区議会主催の「平和コンサート」に参加。カンボジアに学校を造る会の代表小山内美恵子氏の講演を聞きました。夕方からは孫たちを連れて、六郷土手で行われた花火大会に出かけました。久々にでかけてみて、あまりの人の多さに圧倒されました。花火がはじまるころには、土手一面が足の踏み場もないくらいでした。 久々の花火も、直接真下でみると圧巻で、こどもたちは目をまんまるにして、びっくり仰天でした。

8月9日(月) 「広島・長崎の火のつどい」に参加。

8月7日(土) アプリコで展示されている「平和のための戦争資料展」に立ち寄り激励。午後から都議団控室にて「中小企業問題学習会」に参加。今回のテーマは、小川雅人先生の「地域小売商業の再生とまちづくり」という著書の解説でした。商店街再生における人づくりの重要性を強く感じました。

8月4日~6日 原水禁世界大会に参加。久々の広島の街は、整然と整備されていました。世界遺産となった原爆ドームさえ、あの無残さがうすれてしまっているようでした。平和と核廃絶を求める世界からのたくさんの参加者も加え、8000人の大会は感動的でした。式典でパンギムン国連事務総長が、NPT会議に七百万の署名をあつめた日本の草の根の運動と被爆者をたたえ、「核廃絶にむけて、さらに行動をおこそう」との激励のメッセージが、とても勇気と共感と連帯感をよびおこしました。広島市長のあいさつもみごとでした。ここに参加できたことに感謝です。

8月3日(火) 日本共産党記念講演が日比谷公会堂で行われました。今年で88周年を迎えた党として、先の選挙結果をきちんと受け止めたうえで、日本の進路をどう打開していくか。志位さんの話は、いつもになく胸に落ちました

8月1日(日) 東友会主催の「被爆者慰霊祭・つどい」に参列しました。この1年間で、さらに200名の方々がなくなりました。平均年齢は76歳となりました。あの惨事を風化させてはならないと誓いました。夕方、希望ヶ丘商店街の「縁日」で、例年どおり事務所として「わなげ」を出店。こどもたちが、目当ての景品をねらって真剣に挑戦する姿が好きなんです。

7月30日~31日 亡夫の分骨をふるさとの墓に埋葬するため、家族で岐阜へ。今日は恵那峡で一泊し、遊園地で孫たちとプール遊び。巨大な遊園地なのに、人がまばらでちょっとさびしい。いつまで持つのかなどと心配したり・・・。2人の孫たちは、キャッキャと無邪気に楽しんでいるのでよかったけれど。翌日、親戚の皆さんにもたちあっていただき、可知家の墓に無事納骨できました。昼過ぎに帰路につき、江戸川の孫たちの「ヒップ・ホップダンス」の発表会に間に合いました。

 祖母ばかですが、4歳と8歳の孫たちが旅の疲れも感じさせず、結構リズムに乗ってたのしく踊っている姿に感激してしまいました。

7月29日(木) 雨。あるマンションの一角を占める、東電の変電室の退去を求める交渉で、東電品川支所・大田出張所まで、理事長、福井亮二さんと私で行ってきました。巨大独占企業を相手の交渉ですから、厚い壁がたちはだかっていますが、道理を尽くして頑張るしかないと思っています。

7月28日(水) 今年の原水禁世界大会に、党都議団の代表として私が参加させてもらうことになり、今日は東京の結団式に参加しました。東京からは700名余の参加となり、臨時列車の貸し切りとか。今回は、5月のNPT会議での前進のなか、また、パンギムン国連事務総長も米国大使も式典に参加するとのことですから、期待がふくらみます。私は3回めの大会参加ですが、16年ぶり位なのでほんとうにわくわくです。

7月24日(土) あまりの猛暑に、我が家のエアコンもついにダウンしてしまい、懇意の電気屋さんに診てもらいましたが結局買いかえることになり、今日午後から作業をしてもらいました。男性3人がかりで半日かかり、汗だくの奮闘に感謝感謝です。これできょうから少しは安眠できそうです。ついでにエコポイントの恩恵にも授かりました。夕方は、恒例の「うのきサミット」に顔をだしました。

7月23日(金) とても暑~い日でした。3月に開院した府中の「小児総合医療センター」を、団のメンバーと視察しました。成人の医療センターと合築なので巨大な病院です。正面玄関を入ると、まずコーヒーショップ、コンビニやレストランがならび、「ここはどこかしら」と錯覚を起こしそうな雰囲気でした。小児だけでも、3つの都立小児病院が1か所に集約されたのですから大きいです。2時間半説明を受けながら歩きましたが、それでも全部を見きれないほどでした。受けた印象や感想としては、もっと小児病院らしい、楽しいデザインにならないものか。最新の医療技術が集約されているということはわかりましたが、どうみても医師・看護師等の医療スタッフは足りていないという感じでした。玄関を入ったところから絨緞張りでしたが、病院の床には相応しくないのではなかろうか。私自身、なんども足がひっかかかりました。衛生的視点からも一考ありですね。また、駐車場もあるのすが、屋根がありません。雨の日などは、障害のある患者さんが濡れないように出入りすることが困難だということを事前にきいていましたが、納得です。その他、細かい点も含め、後日病院経営本部に口頭で改善を申し入れをしました。

7月19日~20日 党都議団の研修会で四万温泉に行ってきました。団としてこういう機会をもつのも何年ぶりかのこと。ちょっぴりリフレッシュでした。

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