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かよこの活動日誌(~9月)

109日(土) 自交総連ハイタク城南地域連合会定期大会に参加、あいさつをおこないました。

107日(木) 三定例議会閉会本会義。この本会議では、特にこの間、築地市場特別委員会を設置して調査・検討してきた内容の報告がありました。豊洲への移転推進か、現地再整備かの両論併記的な内容でありました。そこで、この特別委員会は終了するのか、継続調査するのかで各党激しく討論しましたが、結果的に継続が民主・共産・ネットの多数で可決しました。しかし、民主党のスタンスは矛盾しています。豊洲移転反対ではないのです。「強引な移転には反対」ということで、予算には付帯決議をつけて賛成しているのです。今回は土地の購入費の執行1260億円はだめだが、20億円の土壌調査は認めるというものです。これでは、予算執行上何の歯止めにもならないことをわかっているのでしょうか。

102日(土) 日本共産党常任活動家の合葬式が「八王子上川霊園」にておこなわれ、私も、亡夫の遺影を持って参列しました。毎年おこなわれているものですが、今回で25回目。今回の対象者は170名余でした。とても見晴らしの良い高台に、大きな石碑が建っていました。170名の同志のご遺族とともに、「お疲れさま。どうぞ安らかにお眠りください」と祈りました。

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930日(金) 環境・建設委員会。私は、石神井川の氾濫浸水被害の事件について質疑しました。①すでにヒートアイランド現象などが相まって、区北西部に集中的にゲリラ豪雨が発生していること。②都は50ミリ対応で整備を進めているというが、すでに50ミリを超える雨量が頻発しており、今回のような100ミリを超す雨量も3~4年に一度の割合で振っていて、50ミリ対応では間に合わないのは明らかだ。③また今回の氾濫箇所の前後はすでに58メートル以上あるのに、ここだけは56メートルまでしかなかった。高潮対策として岸壁を58メートルまでかさ上げすべきとなっていたのに、ここを管理している首都高の「防災よりもコスト」の考え方が今回の災害に繋がったものだ。都としての管理指導責任が問われると厳しく追求しました。建設局河川部長は「都としては50ミリ対応はできていたのだ」と責任回避の答弁に終始しましたが全都一律ではなく、問題のあきらかなところには、相当の対応対策をとらなければ住民の安全も暮らしも守れません。引き続き、この件については追求していきます。

928日(火) 三定本会議の代表質問。日本共産党は大島都議がたちました。新人ながら堂々たるもの。この中で、熱中症対策で多摩地域での小中学校へのクーラー設置への支援を質したところ、教育長の答弁で「調査し、検討する」と答えたことは大きい成果です。 築地市場問題では、豊洲の汚染土壌問題が解明されないまま、移転のための予算を強行することは許されない、と厳しく批判しました。

926日(日) 同じ時間に区労協の大会と大田母親大会がおこなわれており、梯子で参加しました。

925日(土) 国労東京地本定期大会に参加。組織が大きく、長年にわたる戦いのなかで培ってきた連帯組織も数多いということで、来賓あいさつだけで2時間を要する大会でした。なんといっても、1047名の闘争団との政治的和解ができたことは大きな成果です。ほんとうにおめでとうございます。またお疲れ様でした。午後、矢口後援会の敬老会に臨みました。会場いっぱいに集まったみなさん、一様に明るく元気でなによりです。これからもお元気で、よろしくお願いします。今日は日本共産党第2回中央委員会総会が開かれており、参議院選挙の総括と政治的展望・課題などの報告が朝からおこなわれています。ネットで配信もしています。事務所にかけつけ、後半の報告を4時までネットでみました。

923日(木) 朝から雨。日の丸タクシー労組の大会に足立区までいってきました。17年に及ぶ規制緩和のなかで昨年「タクシー活性化法」を成立させ、過剰なタクシーの減車を行わせ、ドライバーの労働環境を向上させる力になったことは、大きな成果でした。

922日(水) 虐待問題解決のための日本共産党都議団の提言を福祉局、教育庁に行いました。

921日(月) 朝、革新都政を作る会のみなさんと都庁前で宣伝。本日から第3回定例議会がはじまります。今日は知事の所信表明がありました。

917日(金) 今日も暑い日ざしの中、昼時、新宿駅西口にて全都女性後援会のみなさんと宣伝をおこないました。

916日(木) 亡夫葬儀から半年が経ち、大学時代の友人(ヒマラヤ杉の会のメンバー)と再開し激励をしてくれました。生存中はほとんどお付き合いもなかったのに、こうして想い出してくれる人たちがいることは幸せなこと。感謝感謝です。

91112 大田文化の会主催の「月夜のコンサート」ファイナルツアーに参加しました。毎年、この時期におこなわれる長野県栄村でのハープ演奏(小倉千賀子)とふるさと栄太鼓の演奏に魅せられて10年通ってきましたが、諸事情から20回続いた演奏会も今回でファイナルとなりました。平成の大合併の嵐にも抗して独自の村政を確立してきた栄村は、長野県出身の私にとっても誇りであります。これからも栄村を応援していきます。

910日(金) 今年75日のゲリラ豪雨によって石神井川が決壊、400件を越す被害をだしました。朝9時、曽根前都議の案内で現場を視察させていただきました。現場をみて、これは起こるべくして起きたものだと実感しました。詳細は930日の建設委員会の質疑で。午後、住宅供給公社に大島・たぞえ都議とともに申し入れをおこないました。内容は、公社住宅の家賃値上げを中止せよ・老朽化したふろ場などの改修を早急に実施すること・定期借家入居者の再契約の実施を求めるなどです。対応した公社の担当課長は、「風呂場の改修については検討している」と答えました。

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99日(木) 恒例の人間ドックを受診しました。今日の血液検査等の結果ではオールクリアでした。

98日(水) 「熱中症対策」について、都議団として福祉局長と教育長に申し入れをおこないました。特に教育分野、ここでも多摩格差があるということは歴然としています。23区の小中学校では100%クーラーが設置されているのに、多摩地域ではほとんど未設置です。東京都は「それは市町村の仕事」といいますが、同じ東京のこどもたちです。今年のような高温が続くと教室内の気温は3536度となり、学習環境は劣悪です。体調を崩す生徒も出ています。財政力の弱い市町村を支援して設置促進を図るのが都教育庁の責務です。私たちは強くそのことを求めました。

97日(月) 大田市場の水産部で働くA氏から、ぜひ一度実態を見てほしいといわれ現地を視察しました。広い大田市場の一番奥に水産部がありました。当初は300トン/日の予定で十数年前に開場したのですが、現在では50トン/日を割るような状況であり、中卸業者の数もかつては100件近くあったものが半減以下となっています。その理由は様々あるでしょうが、このままでは大田市場の水産部は消滅しかねないと強く実感しました。私は9月議会の中で、この問題について文書質問をおこないました。午後、「京浜港のハブ化」についてN教授からお話を伺いました。

945 「大田後援会」で草津温泉へバス9台で行ってきました。スケジュールは栗生楽泉園(ハンセン病療養所)や八ッ場ダムの見学など、盛り沢山の内容の濃いものでした。栗生楽泉園では谺(こだま)雄二さんのお話を聴きましたが、ライ病の隔離政策の中で50年にわたって戦われてきた人権回復闘争と、そこに深くかかわってきたわれらの大先輩・故伊藤憲一衆議員の存在が大きかったことを改めて確信しました。八ッ場ダムでは、300人を超える陣容に対応できるスペースがないということで、バスの中からの説明と見学になってしまいましたが、さまざまな問題をかかえるダム予定地では、天空に浮かぶ鉄橋だけができあがっており違和感を覚えました。

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