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かよこの活動日誌(10月~)

1216日(木) 蒲田駅西口で「雇用・福祉・医療の街頭相談会」が行われ私も参加しました。とても寒い日でしたが新婦人のみなさんの豚汁のサービスもあり、相談者の方々にはほっと一息ではなかったでしょうか。相談件数は60数件でしたが、若い方の派遣切の相談から高齢夫婦で妻のがん治療費が毎月の収入を越えているという深刻な相談もありました。不況風が一層厳しい中、この年の瀬を無事にのりきるためにも公設派遣村が必要であるにもかかわらず、国も東京都も今年はやらないといっています。今日の寒風以上に冷たい政治です。今年も残すところあと2週間、いろんなことがあった1年でした。政局はますます混迷しています。米国と財界いいなりの民主党政権では希望をひらくことはできません。4月のいっせい地方選では、日本共産党の前進で新しい展望を切り開きましょう。来年もよろしくお願いします。

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1215日(水) 本会議閉会。「青少年健全育成条例」の「改定」は、反対世論の渦巻く中民主党が自・公とともに賛成をして可決となりました。傍聴席は満席。かつてない事態でした。その後から私のところにもお礼や感謝のメールが続々とどきました。若い方々が今回の出来事をとおして政治に関心を持つようになった、共産党への信頼を強くしたなど、うれしい感想を寄せてくれたことに私が感銘をうけました。

1214日(火) 夜、希望ヶ丘商店街一班会の忘年会に参加して挨拶。みなさんとても元気でわきあい合い。丸屋さんの手料理がとてもおいしかったです。

1212日(日) 馬込浅間会館で佐藤伸区議の区政報告に参加し、都政の報告をおこないました。

1211日(土) 大森西の忘年会に参加して挨拶。その後、馬込第3小学校にて佐藤伸区議の区政報告に参加し都政についても報告しました。夕方、大田後援会の総会・望年会であいさつをおこないました。

1210日(金) 環境・建設委員会。今回の議案の多くが都立公園をはじめ施設の管理を指定管理とするための指定の提案でした。民間参入を目的としたこの指定管理者制度は、その雇用形態・賃金や再委託の実態などより透明で公表されなければなりませんが、競争原理でコストダウンを目的としそのやり方は問わないとする都の指定管理制度では、そこに働く人々の最低水準をまもることはできません。少なくとも都の管理団体であるべきです。

127日(火) 代表質問にあぜ上都議がたちました。今回の争点は石原知事が一度は否決された「漫画・アニメの販売規制」に関する条例「改定」についてです。この間、漫画化をはじめ作家・法曹界・日本ペンクラブなど各界からこの「改定」の矛盾や危険性についての訴えや、シンポジューム、記者会見などが繰り広げられ大きな世論となりました。私のところにも毎日数十通のメールがとどいています。全国の漫画・アニメ愛好家の方々から丁寧なメールをいただきました。しかし、知事は「わけのわからん輩がわけのわからんことを言って・・」と、反対する人々を侮辱し強行に推し進める姿勢を示しました。許せません。

126日(月) 「お泊りデイの実態について」私たちの調査結果に基づいて福祉保健局に申し入れを行うとともに記者会見を行いました。他の府県では独自の規制をかけているところもあるし、多くの自治体で実態を把握していることもわかりました。都内2000か所のデイサービスを行っている施設にもアンケートをとりました。500件あまりの施設から回答がありました。

125日(日) 小池あきら党政策委員長を招いて党と後援会の決起集会を行いました。久しぶりに「小池節」を聞き来年の一斉地方選での決起を固めました。

124日(土) 臨海都民連の総会に参加し挨拶をしました。場所は豊洲の集会室でしたが、ゆりかもめの終着駅の隣でした。10年近く前に来た時にくらべ街の様子は大きく変わっていました。夕方、矢口後援会の望年会に参加しました。

122日(木) 東京社会保障協議会の定期総会に参加しあいさつをしました。午後、「東京都の臨時職員の雇用の実態」についての記者会見に臨みました。私たちの調査では、東京都のように交通費込みで時給900円程度の道府県は他にないこと、通常業務を臨時職員で賄い年に2カ月・2カ月・1か月・失業・また、2カ月・2カ月・1か月、この繰り返しの契約で20年間も働き雇用保険も社会保険もない、このような劣悪な働かせ方をしている自治体は他にないということを明らかにしました。東京都には強く改善を求めていきます。

1130日(火) 4回定例議会の開会。

1128日(日) 大田民商婦人部の総会に参加して挨拶。夕方、大森消防団全国大会入賞の祝賀会に参加しました。4年に1回のチャンスであるにもかかわらず、大森消防団は連続2回目の受賞でほんとうに素晴らしい、お疲れさまでした。

1127日(土) 午後、馬込区民センターにて佐藤伸区議の区政報告会に参加しました。その後、久ガ原駅前で「調布地域に特養ホームを」の署名・宣伝に参加、この要求は大きいということを実感しました。1時間で60名近くの署名が集まることはあまりありませんから。これからも多いに宣伝と署名を集めて特養ホームをつくらせようと、参加者は元気いっぱいでした。

1125日(木) 今回、契約案件で提案されているあきる野市内の南北道路である計画道路339の高瀬橋工事現場の実態を視察しました。地元のKさんに車で案内していただき実態がよくわかりました。この貴重な巾着田とオオタカの営巣・飛来地は残すべきだし、近隣の道路状況からしてもこの橋は必要ないと強く実感しました。午後、控室にて東急交渉。JRとは違い前向きな答弁でした。千鳥町駅のスロープ化についても検討中とのこと。希望がみえてきました。夕方、立正大学のキャリヤ・サポートセンターを訪ね学生の就職状況につて伺いました。とても厳しい現実だということともに、学生も親も学校も消耗している現実を実感しました。

1124日(水) 午前、全建総連の集会と各会派申し入れがあり承りました。建設国保を維持することはもちろんですが、とにかく仕事が無い。これは本当に切実でした。いま各地ではじめているリフォーム助成制度の実現はいよいよ重要です。午後、環境・建設委員会。

1122日(月) 国会で国土交通省の役人から「外環」の進捗状況について聞き取りをおこないました。笠井あきら衆議員も参加しました。「いまだ新料金体系も法案も棚上げ状態であるにもかかわらず、用地買収だけは着実にすすめているのはおかしい。一旦凍結すべきだ」と強くもとめましたが聞き入れませんでした。

1120日(土) 非核政府の会の総会に参加。その後、孫たちと品川水族館へ。

1118日(木) 最近「高齢者ネットカフェ」などといわれている介護保険のサービスのひとつに「お泊りデイサービス」というのがあるんです。特養ホームもグループホームも足りない、ショートステイもなかなか利用できない、そんななかで格安で昼間デイサービスを受けながら、夜はそこで宿泊ができるというんです。宿泊は自費ですが1泊800円です。食費も1日1000円。願ったりの料金ですが、男女混合でカーテンの仕切りもなくプライバシ―はまもられていません。私も近くの施設を見学しましたが外見は2階建ての民家です。こういうところに、長い人では2年も宿泊しているという実態もあると聞きました。またまた人の弱みに付け入る貧困ビジネスの現れです。しかし、こうした実態を東京都は把握しようとも規準化しようともしないという無責任な態度です。都議団として調査することにしました。

1117日(水) 雨。都議団ハードチームは、品川線の多いジャンクションの工事現場を視察しました。巨大なシールド工法で全国初の実験的工法の現場をみて技術進歩革新には驚くばかりです。しかし、構造上地上20メートルにわたって3層の高速道路が通るその下に八潮団地があるわけで、今後騒音・大気汚染問題は免れないだろうと実感しました。

 

119日(火) JR東日本東京支社へ「池上線五反田駅のバリアフリー化」について申し入れを行いました。すでに10年近く交渉をかさねてきて、やっといま工事がはじまったところですが、その間の対応についての申し入れです。40段の長い階段をバギーをかかえたママが上り下りしている状態を解決するために「階段の下にインターホンをつけてほしい」という要望を出したのに対して、「日常の管理は東急がやっている」との回答でしたので、後日東急にも申し入れることにしました。

118日(月) 曽根さん・松村さんらとともに「白子川調整池」の現場を建設局に案内してもらいました。集中豪雨の対策として造られた貯留管立て口ですが10数年放置されてきたもので、このところのゲリラ豪雨による被害が続出していることから、この調整池を完成する方向がだされてきたのです。しかし、ここが外郭環状道路の大泉ジャンクションの真中に当たるということは、これからこの地域は大変な公害地域になろうとしているのかと思いをめぐらせました。

1167日 4年ぶりの赤旗まつりが夢の島公園で行われ、2日間で10万人が参加しました。福井りょうじさんの地域からも2日間バスをだしましたがほぼ満員でした。ご協力いただいたみなさまに感謝です。参加者のみなさんからも「楽しかった」と笑顔がこぼれていました。来年のいっせい地方選挙勝利に向けてそれぞれ決意を固めあいました。

115日(金) 都議団の予算分析会議をおこないました。

114日(木) 環境・建設委員会(建設局)の事務事業質疑をおこないました。

113日(水) 文化の日。今日、長男たちは無事に入籍しました。これからいろいろ大変ですが、まずは一安心です。千鳥後援会による「ちどりのつどい」に参加。福井りょうじさんとともに都政報告をおこない交流しました。

112日(火) 東京の「農業まつり」が、明治神宮で毎年行われます。今年も数名の都議団とともに参加しました。式典では各党国会議員のあいさつがありましたが、今問題になっている「TPP」について、はっきり見解を述べる人はだれもいませんでした。

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日本共産党は少数で東京選挙区議員がいないため挨拶の機会がありませんでした。残念です。

1030日(土) 長男のフィアンセの実家に挨拶のため新潟までいってきました。

1027日(水) 事務局の中本さんとともに筑波市にある「産業技術研究所」のエネルギー技術を研究している歌川研究員にあってきました。日本のCO2削減対策のどこに可能性があるのか、航空燃料の排出ガスの測定は可能かなど、さまざまな角度から省エネ・CO2削減対策についてうかがってきました。

1024日(日) 上池台障害者会館で「虹祭り」。区内4消防団の合同点検―キャノン本社の敷地内にて。多摩川河川敷で「健康祭り」。それぞれ参加し交流してきました。今年は好天に恵まれてよかったです。

1023日(土) 都政・区政報告会―大森西図書館にてすがや区議とともに報告ののち懇談しました。「老老介護の悲惨さ」など切実な事態が訴えられました。

1022日(金) 夕方、生活センターにて山家氏の「社会保障の学習会」があり参加したところ、始まる直前に隣りの席の高齢夫人が急に「胸が苦しい」と訴え、救急車で病院搬送することになり私も同乗。車に乗ってから病院探しに30分かかりました。なんとか無事に病院搬送でき2週間ほどの入院ののち退院できたとのこと、大事にならず安堵しました。

1022日(金) 「PM2・5(微小浮遊粒子状物質)についてのシンポジュウム」が公文書会館で開かれました。環境局と環境省や研究所などの主催でした。肺ガンなどの高い要因ともなっているPM25には私も関心があり参加しました。この物質については以前から指摘されてきたものの、国の基準がやっと昨年定められたところであり測定方法や機種などもまさにこれからというところで、欧米に比べてやはり遅れているといわざるをえません。

1021日(木) 来年度、各局からの予算要求のまとめが発表されました。「来年度は、減収により、1兆円の不足が生じる。しかし、この間、基金などため込んできた財源もあるので、マイナスシーリングはかけない。昨年並み」との縛りの中で、だされた各局の案です。後日、詳しく分析してみなければなりません。

1020日(水) 都営浅草線西馬込駅のバリアフリー対策の申し入れで、交通局と懇談。地域から、佐藤伸区議ほか数名が参加しました。都営線のなかでも、もっとも、遅れている浅草線の西馬込駅のエレベーター設置については、毎年のように、要求してきましたが、ようやく、隣地の買収ができたのですが、それからまた1年経過しています。局は「構造が複雑なので、完成までにあと2年はかかる」との答弁でしたが、高齢者・足の不自由な方々から、「1日も早く、完成を」と訴えられました。

1017日(日) 久しぶりに池上本門寺の朝市へ。午後、雪谷小学校において、「都政報告会」を支部と後援会の主催でおこないました。特養ホームをはじょめ、地域での要望がさまざまだされました。夜、矢口消防団―梅沢氏の褒賞授与祝賀会に参加。地域の防災防犯のために、代々尽力されてきた梅沢家に感謝です。

1016日(土) 羽田空港開港式典が、新国際ターミナルでもようされ、出席。その後、新滑走路(D滑走路)の上まで、案内されました。予想以上に広い。滑走路の真中に立つのは、多分これが最初で最後の経験でしょう。さまざまな問題をかかえながら、今月30日から、国際便の離発着が開始となります。複雑な空港管制のもとで、事故がおこらないことを、祈るばかりです。

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 その後、私学第7支部の大会に出席、激励と連帯の挨拶を送りました。

1015日(金) 女性のがん対策に取り組んでいる、「ブーゲンビリア」の代表にあうため、立川までいってきました。とても、精力的に取り組んでいる団体であり、彼女たちの運動が、行政を動かす大きな力になってきてると実感しました。しかし、女性のがん対策は諸外国の取り組みにくらべても非常に遅れている。とりわけ、東京での乳癌死亡率の高さ・検診率の低さは、毎度指摘されているところです。「がん対策推進条例」の必要性を強く訴えられました。

1014日(木) 激しい雨八丈島の町議選で、菊池候補応援のため、急遽日帰りで出発。朝方はそれほど降っていなかった雨、が次第に強くなり、街頭宣伝中は、とうとう本降りとなってしまいました。八丈島の道路沿いには、ハイビスカスが真紅の花をさかせており、雨に洗われ、緑の葉とのコントラストがとても鮮やかでした。1日、3往復の飛行機の2便目は、どうも、霧で視界が悪く、空港上空まで来たものの、何度か旋回しながら待機していたのですが、とうとう、ひきかえしてしまいかした。夕方の便で帰るつもりでしたが、もしかしたら、帰れないかも不安がつのりました。4時半ごろまで、激しく降っていた雨ですが、到着予定を若干遅れながらも、危機一髪で、着陸できて、無事に帰京できました。後日、菊池候補も当選。忘れ得ぬ思い出となりました。

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