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かよこの活動日誌(~12月)

1214日(水) 環境局廃棄物対策部長に「被災地のガレキ受け入れについて」の申し入れを行いました。現在、女川町から試験焼却のため、大田清掃工場で受け入れがはじまっています。昨日は、品川清掃工場での受け入れのため、住民説明会が開かれていますが、いずれも、時間で打ち切り、あるいは、かみ合わない回答など、住民合意が不十分です。放射能汚染物質は基本的に動かさないことが原則です。こうした中で、最終的には50万トンのガレキをうけいれるというものであり、最大限の安全対策をとるべきだということで具体的な検査・対応について、申し入れたところです。部長は、「申し入れについては、検討する」と答えました。

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1213日(火) 環境建設委員会

1212日(月) 環境建設委員会 環状2号線の汐留地区から臨海部における、橋梁ケタ製作などの工事請負契約について、隅田川の橋梁の築地市場内に架かる工事については、わが党とともに、民主党は反対しました。しかし、本会議では、自公の多数で、可決される模様です。現在営業中の市場の中に、踏み込んでくるこのような工事は、関係者の理解と合意も得られておらず、認められません。

1210日(土) 大森西後援会の忘年会に参加しました。

127日(水) 4定、代表質問。わが党は清水ひで子議員が行いました。放射能問題については、環境局長の答弁が先日の都議団の申し入れの時と全く変わらずの態度であり、とても、このままで済ませるわけには、行きません。

 

125日(月) 公営企業決算特別委員会 今日は最後の評決の日でした。民主党は、築地市場会計について、わが党・ネットとともに、反対を表明しました。

124日(日) 大田民商女性部の総会に参加、都政報告を行いました。助成は、所得税法法56条撤廃に向けて、粘り強く活動しています。当初分厚い壁ではありましたが、少しずつほころびがみえてきていることに、みな確信をもっているようでした。

123日(土) 田園調布南の後援会主催の区都政報告会に参加。その後、各地の忘年を渡り歩き。夜は、大田後援会の忘年会に参加。

122日(金) 環境局局長に申し入れを行いました。内容は、都が、過日行った「3つの公園での放射能測定の結果、地上1mの地点で1μシーベルトを超える検出がなかったので、「今後都有施設での測定も除染も行わない」という、発表に対し、「すべての都有施設での放射能測定と局所的に高濃度地点においては、除染をおこなうこと」などを、申し入れました。都が測定した公園のなかでも、雨どいの下などでは7μシーベルト以上の値も出ているのです。しかし局長は、「囲いをして、時間的減衰傾向をみているんだ」というのです。小さいこどもたちが、出入りする公園で、そんな実験が必要でしょうか。本末転倒です。

1130日(水) 4回定例都議会の開会。知事の所信表明が行われました。震災対策基本指針について、「災害時はやっぱり、自助共助」が重要だと相変わらずの持論で、「隣組組織」をつくるとまでいいました。また、これだけ放射能汚染が問題になっている時、放射能対策の「ほ」の字もふれなかったことは、どういうことでしょう。都民の命・震災予防の視点が欠落しているように思いました。

1124日(木) 環境・建設委員会。私は放射5号線の工事計画の変更を求める陳情の採択を求めましたが、力及ばずでした。でも、どう考えても、建設局のだした結論は、道理が通りません。この道路ができれば、国指定の史跡である玉川上水が、幅60メートルの道路に挟まれ、4万台の車の交通量で、貴重な残された自然が、萎えていくことは間違いありません。

1123日(祭) 大森西の地域で、支部後援会のみなさんと主に公園の放射線測定を行いました。子育て中のお母さんも参加してくれました。1mの空間線量は東京の平均より若干高めであるが、側溝や植え込みの中では、やや高めの数値が出ていました。終了後、お母さんから、今後も引き続き、測定してくださいと、懇願されました。午後2時から、蒲田西口において、街頭演説がありました。田村とも子参議院議員・大竹辰治区議とともに私も都政報告を行いました。

1122日(火) 全建総連の「建設国保を守れ」の決起集会と、各会派申し入れがあり、私と畔上議員が受けました。いま、本当に、仕事がないということ。また、ダンピングで、苦しい実情が切々と語られました。建設国保は土建業者の命綱です。なんとしても、守り抜く決意表明をおこないました。

1121日(月) 公営企業決算特別委員会の最終的な意見を述べる委員会がありました。

1120日(日) 立川健生会60周年祝賀会にさ参加。立川市長をはじめ、近隣の公立病院や医師会長も祝辞を述べるなど、盛況でした。民医連病院が、地域医療のなかで、大きな存在であることを、改めて実感しました。夕方、放射5号線建設計画にかかわる、陳情がでていたため、地域の方々からお話を聞くため、久我山まで行ってきました。聞けば聞くほど、今回の岩崎橋の平面交差にする結論は不可思議な決め方だと思うばかりです。

1116、17日 東京都が月はじめからおこなっている被災地からのガレキ受け入れにあったて、現地調査のため、岩手県宮古市に行ってきました。事務局の秋田さんと坂巻先生も同行して頂きました。新幹線の中で、放射線計をずうと、ONにしておいたのですが、やはり、福島を抜けるころ、測定器のメーターが、0・7~0・8μシーベルトに跳ね上がり、改めて放射能汚染を実感しました。17日は、早朝から車で、盛岡から宮古まで。宮古の空間線量は東京と同じか、やや低いくらいでした。津波の被害がいまだに残っている市庁舎で、副市長からもお話を伺い、現地で、ガレキの分別からコンテナに積み込むまでの行程を見てきました。詳細にひとつひとつの過程で、放射線測定を行っていましたが、空間線量では、問題になる数値ではありませんでした。坂巻先生も「基本的に宮古は放射能汚染の影響を受けていないし、これだけの分別都測定をおこなっていれば、問題はないでしょう」と、所見をのべておられました。

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1115日(火) 全国都道府県議員研修会があり、団の代表で参加してきました。全国から、650名ほどが参加したようです。

1114日(月) 公営企業決算特別委員会で、全局質疑。今日で、決算質疑はすべて終了です。

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