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11月28日(水)いよいよ、都知事選の告示が明日となりました。12月16日は、都知事選と衆議院選挙の投票日です。しばらく、このブログもお休みします。今度こそ、日本共産党の躍進で、行き詰まった自民党型政治を転換し、国民が主人公の新しい政治のⅠページを切り開きたいですね。そして、宇都宮けんじさんを押し上げて、人にやさしい革新・民主の都政を取り戻すため、私もがんばります。

11月27日(火)香西かつ介さんと、雪谷大塚駅で朝宣伝。

11月26日(月)夕方、労働者後援会の総会で、報告。その後、和田区議地域で、都政報告を行いました。

11月25日(日)八潮団地で、都政報告。その後、大森北後援会で、都政報告。

 午後、福井区議地域で都政報告、香西かつ介予定候補もかけつけました。その後、大竹区議地域で都政報告、山本純平予定候補も駆けつけました。

11月24日(土)昼は新婦人まつりの参加。どこのコーナーでも、女性パワーが溢れ、元気をもらいました。

 夕方、東糀谷地域で、都政報告 直前の大きな地震があり、びっくり。

11月23日(金)冷たい雨の1日でした。目黒区の大岡山地域後援会と、菅谷区議地域の集いに参加、都政報告を行いました。夕方、山本純平事務所開きで、あいさつ。山本純平予定候補は、日に日に磨きがかかり、頼もしくなっています。

11月21日(水)公営企業委員会で意見開陳を行いました。

11月20日(火)委員会で、建設局の事務事業質疑を行いました。

11月19日(月)予算編成に当たり団として、各局からの見積もり案についての分析を行いました。

11月17日(土)冷たい雨の中でしたが、蒲田民商まつりに参加したあと、蒲田駅前で、大田の共産党街頭演説をおこないました。3区の香西かつ介・4区山本純平予定候補とともに、私も訴えました。雨にもかかわらず、足を止め、聞いてくださる方々も多く、いよいよ選挙だという雰囲気が感じられました。

11月」16日(金)今日午後、衆議院が解散しました。夕方、新宿前で、日本共産党の街頭演説があり、志位和夫委員長じはじめ、比例予定候補の笠井あきら前衆議院議員・宮本とおる・池内かおりの3人が力強く訴えました。

 投票日は、12月16日都知事選と同日選挙です。国政も都政もこれまでの古い自民党流の政治から国民が主人公のあたらしい政治への、転換の日にしようではありませんか。

11月13日(火)原発ゼロアピール実行委員会主催のシンポジュウムに参加しました。各界の4人の方々のおはなしも、それぞれの立場で熱く語られたことが、ジーンとつ伝わってきました。最後に、城南信用金庫の吉原理事長さんのお話が、素晴らしく、私たちに勇気をあたえるものでした。

 昨年の原発事故後、当初から原発ゼロを訴えていたことは有名ですが、口で言うだけでなく、自らの生活スタイルから始め、金庫も30%の節電を実現し、再生エネルギーづくりに、また、それを、取り組む中小企業に低利融資制度を創設する。全国の信用金庫の関係者を集め、シンポを開くなど、また、マスコミにも訴えるなどなど、すごい行動力パワーに圧倒されました。原発即時ゼロは、国民の世論で、実現することが可能だと強く確信しました。

11月12日(月)公営企業会計決算委員会の、全局質疑があり、私は、市場会計で、豊洲新市場予定地での土壌改良工事における雨水管理の杜撰さを追求しました。時間がちょっと足りなく、最後の締めができなかったことが悔やまれます。

11月11日(日)都聴覚障害者大会がアプリコで開催され、来賓として参加、あいさつをしました。

 

11月10日(土)京浜急行連続立体交差完成落成式が、京急駅高架下で行われました。

党区議団の菅谷区議(交通問題特委委員長)と、私(都環境建設委員)も、他議員やとともに、くす玉割りをおこないました。

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10月」31日(水)臨時本会議

石原知事の早期辞任の承認を行いました。1129日告示。1216日都知事選となりました。すべての予定が大狂いです。でも、都政転換の好機でもあります。都政を都民本意にきりかえましょう。

1030日(火)環境建設委員会―環境局の事務事業質疑

私は、放射能汚染対策について、質疑をおこないましたが、相変わらず、局は、「影響は無い」「測定しない」のくりかえしです。今年625日には、水元公園で、国の基準を上回る汚染地がみつかっているにもかかわらず、全く、姿勢が変わっていないことに、あきれてしまいます。

1028日(日)上池台障害者センターの「虹まつり」・大森西の「コラボ大森」にてポレポレまつり・大森西老人会の文化祭とはしごで参加。健康まつりは、雨で中止となりました。青年の集会に参加、挨拶。

1027日(土)東京都水道労働組合の定期大会に来賓参加で、挨拶。

1026日(金)公営企業決算委員会―都市開発・病院経営本部

私は、都市開発では、北新宿築・環2新橋―虎の門地区・大橋地区の3つの都施行による開発は、大手デベロッパーやゼネコン奉仕の開発であり、従前居住者が住み続けられない開発に、都費を投ずるこのような開発は根本からみなおすべきと主張しました。

 病院経営本部では、震災時にも対応できる高効率な電力システム、コージェネレーションを全都立病院に普及するようもとめました。また、発達障害児のための診療をふやすため、梅ヶ丘病院跡地に多摩小児医療センターのブランチとして、小児精神科外来を開設するよう求めました。

1025日(木)都内地方議員とともに、対都交渉「国保・介護・後期高齢保険料の値上げ」に対する支援や施策の促進を求めて、行いました。

午後3時、知事の「緊急記者会見」が行われ、石原知事は辞任を表明しました。

なんと突然に。都政を投げ出して、新党をつくり、国政に挑戦するとのことです。どこまでも身勝手な人ですね。

1024日(水)公営企業決算委員会―水道事業

私は、水道施設の耐震対策について。15000キロある給水管の耐震継ぎ手化の遅れについて、質しました。あと7年、計画どおりすすめても、進捗率48%。さらなる加速を求めました。局の人員削減は2000年からすでに1700人も削っています。業務は、管理団体への委託や統廃合を、強引にすすめていますが、住民サービスの低下や、人材育成・技術の継承向上という点でも問題があることを、指摘しました。

1022日(月)公営企業決算委員会―下水道事業

私は、昨年の3・11地震の教訓から、都下水道施設の防災対策の現況を質しました。森ガ﨑水再生センターでの太陽光発電ももとめましたが、現在、具体的に検討しているとのことでした。また、再生可能エネルギーの開発には、中小企業の参画も求めました。

1021日(日)恒例の本門寺朝市で、買い物をしてから、大田市場祭りに参列。その後、新大田体育館での大田障害者の「ふれあいまつり」に参加、激励をしました。天気も上々まつり日和でした。

1020日(土)生活センターでの、「大田生活展」に参加し、震災ボランテアのブースでは、代表者の方から、これまでの取り組みと、現況、課題などを、詳細にお聞きしました。被災地では、いまだ、仮設住宅から、つぎへのステップも見いだせないでいる。復興住宅はひとつもできていないというのです。予算がないからといわれているとのことですが、復興財源を、でたらめにばらまきながら、肝心なところに回っていない。政府のやり方に本当に怒りを覚えます。午後は、「公私格差是正・拡充」私学第7支部大会に参列。

4時から、地域後援会の皆さんと一緒に石川台駅前で、宣伝をしました。

1019日(金)大気汚染公害患者の医療費助成制度の継続を、知事本局の総務部長に申し入れました。この制度は和解条項のひとつで、5年後の見直しが来年に迫っていることから、原告団のみなさんは、継続を求めて、運動をすすめています。

1015日(月)公営企業決算委員会―文科会での、各局説明

1014日(日)午前、六郷福祉園での「鈴まつり」に参加。午後、希望が丘商店街の「きてとくまつり」バザーで、福井事務所でも出店。少々雨模様で、大変でした。お疲れ様です。

1013日(土)雪谷文化センターのふれあいまつりに参加。その後、産業会館での「観光・商店まつり」で、ショッピングと激励を。

1012日(金)原発運動センターの方々と懇談

夕方、故名取憲彦氏の通夜に参列しました。

1011日(木)環境建設委員会 新メンバーになりましたが、私は、引き続きということになりました。

1010日(水)東京民医連の役員のみなさんと、懇談しました。全国民医連では、福島原発事故で避難されている人々への健康診断を積極的に取り組む方針だとのこと。(被災地の)子供医療費の無料化を、後から請求して払い戻す仕組みから、現物給付にできないかとの要望が強くだされました。

107日(日)午前中は雨模様でしたが、午後からは晴れて、石川町の「おまつり」で、石川町住宅の中庭での休憩所のお手伝いをしました。威勢のいい男女の神輿担ぎは、意気もあって元気がでますね。

10月6日(土)久が原福祉園の「きらら際」に参加、午後から、都立つばさ高校の10周年式典に参列しました。

10月5日(金)新宿西口で女性後援会の宣伝を田村とも子参議院議員らと一緒におこないました。

夕方は、雪谷大塚駅前で、地域後援会の皆さんと宣伝。若い青年に「がんばってください」と激励を受けました。

10月4日(木)本会議最終日 民主党提案の2議案は、賛成少数で否決されました。今月は、各会計・公営企業の決算委員会が行われます。私は、公営企業決算委員で、第2分科会(上下水道・都市再開発・病院)の担当となりました。

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